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名古屋高等裁判所 平成12年(行コ)16号 判決 2000年7月11日

控訴人

右訴訟代理人弁護士

滝博昭

被控訴人

熱田税務署長 大林敏治

右指定代理人

瀬戸茂峰

小林孝生

平山友久

奥野清志

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が平成八年二月一日付けで控訴人の平成六年分所得税についてした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

三  控訴人が平成七年一二月一日付けでした平成六年分所得税の更正の請求について、被控訴人が平成八年一月三一日付けでした更正すべき理由がない旨の通知処分の取消しを求める部分の訴えを名古屋地方裁判所に差し戻す。

四  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり加除、訂正の上、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の記載を引用するほか、後記控訴人及び被控訴人の当審における主張のとおりである。

一  原判決の加除、訂正

1  原判決四頁三行目の「右通知処分」を「右更正処分」と改め、同四行目の「右通知処分及び」、同五行目の「いずれも」をそれぞれ削除する。

2  同六頁四行目の「いう。)」を「いう。甲二)」と改め、同行目の「が、その通知書」から同五行目末尾までを削除する。

3  同八行目の「賦課決定処分をした(甲一)。」を「賦課決定処分をしたが、その通知書(以下「本件通知書」という。)には処分の理由が附記されていなかった(甲一)」と改める。

4  同一〇頁八行目の「参入」を「算入」と改める。

二  控訴人の当審における主張

1  控訴人が立退料としてAに支払った二億円につき、原判決はその大部分をAに対する資金援助と認定し、二億円のうち借地権部分の取得費として二一六六万八四七四円のみの経費性を認めたにすぎないが、これは不当である。

(一) 本件土地からの立退きは、Aがそれに応じなければならない法的義務に由来して決定されたことではなく、控訴人とAとの取引きによって実現したことである。取引きである以上、立退補償について自由に条件が提示された上、それぞれの思惑が一致した時点で合意に至るわけで、同じ補償といっても、例えば交通事故による損害賠償のように法的義務に基づくものではないから、立退く側の損害査定にそれほどの厳密さを要求されるものではない。仮に、損失の補填の範囲を大きく逸脱した金額で合意に至ったとしても、契約当事者間の自由な意思で決められたことであれば、契約自由の原則上、とやかくいう筋合いはない。また、本件のように貸主の控訴人が借主のAを経営するといった特殊な関係があろうと、両者が別人格である以上、基本的にはその間の事情に変わりはない。

(二) Aは、売上利益をあげていた本件土地での事業を立退きによって全面的に廃止し、その結果、将来におけるあらゆる営業上の可能性を失うことになるのであるから、その補償問題が俎上にのぼるのは当然である。そして、補償の算出根拠に売上利益をもってきても、前述したように査定に厳密さを要求される事情がない以上、不相当とは非難できないものといわなければならない。

さらに、Aは、本件土地上での営業廃止という犠牲を払って、立退料を得、借入金の返済等に充てたのであるが、Aにとっても、借入金の返済が差し迫った課題であったのであり、その課題解決の手段として立退料の得られる本件土地上での営業廃止が採られたのであって、初めに営業の廃止があったわけではない。

そうすると、Aに立退きによって生じる営業上の損失があったとは認められないとし、営業補償費の支払は各名目上のものであり、その実質はAに対する資金援助と認定する原判決は、生きものとしての企業活動の本質を看過したものというべきである。

(三) 以上のとおり、控訴人がAに支払った二億円の立退料は、その算定根拠にある程度概略的な要素があったとしても、将来のことを見通しての見積り部分を含むことから、やむを得ないところであり、また、契約当事者が自由な意思に基づく取引によって取り決めたものであるから、正当なものとして是認されるべきである。

2  原判決は、不動産所得における必要費の額に算入すべき借入金利息のうち、本件土地に係る利息については一か月のみを算入したにすぎないが、この点も不当である。

すなわち、業務用不動産購入のための借入金の支払利息は、不動産所得を生ずべき業務について生じた費用であるから、借入金が残存し、かつ、業務が存続する以上、その支払利息全体が業務用不動産の減少にかかわらず業務に関わる費用としての性格に何ら変更を生ずる余地はないので、右のとおり一か月分に限る原判決は不当である。

三  被控訴人の当審における主張

控訴人の前記主張はいずれも争う。

第三当裁判所の判断

当裁判所も、本件訴えのうち、控訴人が平成七年一二月一日付けでした平成六年分所得税の更正の請求について、被控訴人が平成八年一月三一日付けでした更正すべき理由がない旨の通知処分の取消しを求める部分の訴えを却下し、控訴人のその余の請求を棄却すべきものと判断する。

その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の説示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の付加、訂正

1  原判決一九頁二行目の「甲四」から同行目の「二九の四、」までを「甲四、七ないし一二、一三の一、二、一七ないし二〇、乙二ないし五、六の一、二、七ないし二七、二八の一ないし四、二九の一ないし四、」と改める。

2  同二七頁八行目の「借入金を」の次に「平成六年六月期には」を加える。

3  同三七頁八行目の「もっとも、」の次に「証拠(甲一七)によると、」を加える。

4  同四〇頁一一行目の「参入」を「算入」と改める。

二  控訴人の当審における主張について

1  控訴人は、控訴人がAに対して立退料名目で支払った二億円につき、その算定根拠にある程度概略的な要素があったとしても、将来のことを見通しての見積り部分を含むことから、やむを得ないところであり、また、契約当事者が自由な意思に基づく取引によって取り決めたものであるから、正当なものとして是認されるべきである旨主張する。

(一) しかしながら、前記認定(原判決引用)のとおり、控訴人は、本件土地を売却する一年以上前の平成四年頃からAの経営立て直しや、本件土地の売却による控訴人自身の借入金の返済及びAの経営縮小を計画し、現に同年九月には本件土地の売却の仲介を依頼し、また、Aも、本件土地を工場敷地としていたB工場での業務をやめることについては、これを承知しており、その準備としてその頃から受注を減らしていたところである。

右のような本件土地売却の経緯の下では、控訴人がAに対して、何らかの営業補償をしない限り、Aが本件土地から立ち退かないという事情はなかったものと評価するのが相当である。

(二) さらに、本件土地の売却代金の流れについてみると、前記認定(原判決引用)のとおり、控訴人が本件土地の売却代金残金五億六六四九万円を受領した平成六年二月四日には、Aの株式会社Cに対する借入金が全額返済されており(その原資は、控訴人が右売却代金から九〇〇〇万円をAに貸し付けたものである。)、同年二月八日には、Aが控訴人から立退料名目で受領した二億円及び控訴人からの借入金七〇〇〇万円の合計二億七〇〇〇万円を原資として、Aは三和銀行に対し、二億一四〇七万七〇〇〇円を返済している、一方、控訴人は、右売却代金の中から、一億八五〇〇万円を自己の借入金返済に充てている。また、本件土地を契機としたAの各期の借入金残高及び営業利益の推移をみてみると、前記認定(原判決引用)のとおり、本件土地の売却がされた平成五年六月期において、約一億六〇〇〇万円であった長期借入金は、翌期の平成六年六月に約九〇〇〇万円と大幅に減少しており、短期借入金については、銀行からの借入金はなくなったものの、平成五年六月期までわずか一二五〇万円であった控訴人からの借入金が平成六年六月期には約二億円となっている。

右認定の本件土地の売却代金の流れ等からすれば、本件土地の売却は、Aの借入金返済が主たる目的であったことが容易に窺えるところである。

(三) さらに、Aの営業利益状況をみてみると、前記認定(原判決引用)のとおり、その営業利益は、B工場を途中で閉鎖した平成六年六月期には八五〇〇万円の赤字であったものが、翌平成七年六月期には二五〇〇万円の赤字に減少し、さらに翌平成八年六月期には黒字に転じているというのである。

右事実によれば、Aは、B工場を廃止させることにより、その営業利益を増加させ、その経営を立て直したものと認められるのであるから、Aに立退きによって生じる営業上の損失があったものと評価することはできず、また、前記(一)のとおりAは、B工場の廃止自体を予定していたことからも、営業補償的な立退料の支払が不可欠であったとも評価できないものである。

(四) 以上のような諸事情が存するにもかかわらず、控訴人は、立退料名目で支払った二億円の算定根拠にある程度概略的な要素があったとしても、将来のことを見通しての見積り部分を含むことから、やむを得ないところであり、また、契約当事者が自由な意思に基づく取引によって取り決めたものであるから、正当なものとして是認されるべきである旨主張するが、立退料のうち営業補償の算定根拠について根拠がないことは引用にかかる原判決説示(原判決二九頁参照)のとおりであることなど、控訴人とAとの間における二億円の立退料の授受は正常な経済取引に基づくものとはいえず、控訴人とA(控訴人がその代表者である。)が同族関係にあるからこそできるものであって、右のような特別な関係にない者の間ではおよそ成り立たないものというべきである。

そうすると、控訴人がAに支払った二億円のうち、その大部分をAに対する資金援助と認定した原判決には、所論のような違法はないものというべきである。

したがって、控訴人の当審における右主張は採用できない。

2  控訴人は、業務用不動産購入のための借入金の支払利息は、不動産所得を生ずべき業務について生じた費用であるので、借入金が残存し、かつ、業務が存続する以上、その支払利息全体が業務用不動産の減少にかかわらず業務に関する費用としての性格に何ら変更を生ずる余地はないから、本件土地が平成六年一月に譲渡されたとしても、同年中に支払った右土地に係る借入金の支払利息は、不動産所得の計算上、必要経費の額に算入すべきである旨主張する。

しかしながら、不動産所得における必要経費の範囲につき、所得税法三七条一項は、総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額であると規定しているところ、前記認定(原判決引用)のとおり、控訴人が平成六年一月に本件土地をD住宅に譲渡したことにより、右土地に係る不動産収入は同年二月以降発生することはないのであるから、控訴人が本件土地譲渡後において右土地に係る借入金利息を支払ったとしても、費用収益対応の原則により右土地の同年二月分以降の借入金利息を同年分の不動産所得の計算上、必要経費の額に算入することはできないものというべきである。

したがって、右と異なる控訴人の当審における右主張は独自のものであって到底採用できない。

三  よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本増 裁判官 玉田勝也 裁判官 永野圧彦)

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